七五三の意義

七五三の意義
11月15日に晴れ着で着飾った子供が神社に参詣することを七五三参りや祝いなどと称し神様に今まで無事に過ごしてきたことに感謝し、今後も健全健やかに成長することを祈ります。今は11月中の自分たちで選んだ日に来られますので、土日に集中します。

七五三詣りは、昔と違って大きな違いがあります。一つは一人の子供に対しておじいちゃん・おばあちゃん親戚の方々総勢7から8名のギャラリーが来られます。昔は子供の両親と兄弟だけでした。たくさん来られるのもよいのですが、子供の健やかな成長をご祈念すると同時に氏子入りの神事なのですから、神事の際に写真やビデオを撮られたりするのは、少し考え物です。七五三はセレモニーではなく神事なのです。

それと近年、無断で神社の境内に入って自動車を駐車し、神社側に何の断りもせずに、七五三のご祈祷もせずに、写真だけを撮られて帰られる方が多くなました。事情を聞くと神社の近くにあるイオンモールの写真館で子供の着物を貸してもらい、その代りに写真を撮ってもらうセット料金があるそうです。写真撮影後、どこの神社でも構わないから、近くの鶴見神社に写真だけを撮りに来た、ということでした。この人たちに自分たちは何処の神社の氏子に該当するのか、また氏神さまという観念はありません。ただ近くで便利だったということだけです。子供の通過儀礼と成長を願うという考えはありません。子供に対して、写真という七五三の記念品さえ渡せればよいということになります。

もう一つ神社側からいえば失礼なことを言うのかもしれませんが、おじいちゃんやおばあちゃん、もうちょっとしっかりしてください。将来の日本が心配です。わたしと同じ団塊の世代の60歳以上のおじいちゃんやおばあちゃんが、息子や娘に何も教えていない、ということです。自分の着物の着付けはできても、孫の着付けはできていません。何も美容室に行く必要はありません。一昔のおばあちゃんは孫の袴や着物の着付けはできていました。またおじいちゃんは、孫にどうして七五三参りを行うのか、しっかりと教えてください。

この行事については、三歳の男女の場合は髪置と言い頭髪を伸ばし始めることを、五歳の男子の場合は袴着と言い初めて袴を着用することを、また七歳の女子の場合には帯解と言い幼児用の紐を解き大人と同じ帯を用いることを表し、子供の成長を社会的に認知するためにおこなわれてきた通過儀礼を起源としています。

江戸時代中頃から商業の発達による影響もあり、都市部に置いて現在のような華やかな風習となりました。七・五・三・という歳の数については、これが縁起のよい陽数であることに結びついたものであり、また11月15日の日取りについては天和元年(1681)のこの日に、五代将軍綱吉の子息徳松の髪置祝いがおこなわれたことを前例にするとも伝えられ、暦学の上でも吉日に当たるそうです。神社への参詣は江戸時代にも行われましたが、明治以降は更に盛んとなりました。

少子高齢化が進む中で、年々、七五三詣りは減少していますが、孫や子供たちに対して、神様にこれまでの成長に感謝し、将来の幸せを祈ることは今も昔も変わらない私たち日本人の風習なのです。その意義を教えてください。



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