朴鉄柱先生について

朴鉄柱先生について
詳しい経歴は知りませんが、先代の知り合いの1人に韓国人がいました。先代は彼のことを先生と言っておりました。名前は朴鉄柱といいます。先代から聞くと戦争中に知り合い、その時、朴鉄柱は皇典講究所を卒業し神職として、どこの住吉神社かは知りませんが、そこに奉職したそうです。戦争中、先代は京都の下賀茂神社に奉職していました。そこに朴先生が参拝に来られたそうです。

こんな話しを先代はしていました。戦時中なので軍隊が力を持っていました。京都市内を先代と朴先生が歩いていると、憲兵から職務質問を受けたそうです。憲兵が名前を言えと言われたそうです。「僕は朴です」と答えられたそうです。もう一度聞く名前は「僕は朴です」と先生が答えられると、「憲兵をなめているのか」と殴りかかったそうです。先代は下賀茂神社の上位の神職ですので、当時の官吏です。職業を憲兵に言うと、驚いて失礼な言い方に誤ったそうです。先代は大アジア主義でしたので韓国人も日本人も平等に付き合っていました。これでは大東亜共栄圏は実現しないと思ったそうです。

朴先生は親日家のために戦後、帰国して李承晩大統領の政権下の韓国で、想像絶する苦労されたと先代は言っていました。朴鉄柱先生は昭和64年の正月に東京に来られて、皇居に行かれて健康回復を祈念され、昭和天皇の御大葬の際に重い足をひきずって、雨の中を見送られた、と先代から聞かされました。翌年の平成2年に68歳で亡くなられたそうです。

最近、書庫を整理しますと、名越二荒之助先生の「日韓共鳴二千年史」が出てきました。その中に昭和41年に、名越二荒之助先生が韓国に訪問したときに「韓日文化研究協会」の朴鉄柱氏が述べた言葉がありました。引用します。

ソウルから日本を眺めていると、日本が”心”という字に見える。北海道、本州、四国、九州と、心という字に並んでいるではないか。日本は万世一系の御皇室を頂き、歴史に断絶がない。それに対して韓国は、断絶につぐ断絶の歴史で涙なくしてみることはできない。

現在の日本の自信喪失は敗戦に起因しているが、そもそも大東亜戦争は決して日本から仕掛けたものではなかった。平和的外交交渉によって事態を打開しようと最後まで取り組んだ。それまで日本はアジアのホープであり、誇り高き民族であった。最後はハル・ノートをつきつけられ、それを呑むことは屈辱を意味した。”事態ここに至る。

座して死を待つよりは、戦って死すべし”というのが、開戦時の心境であった。それは日本の武士道の発露であった。日本の武士道は、西欧の植民地勢力に捨て身の一撃を与えた。それは大東亜戦争だけでなく、日露戦争もそうであった。日露戦争と大東亜戦争ーこの二つの捨て身の戦争が歴史を転換し、アジア諸国民の独立をもたらした。この意義はいくら強調しても強調しすぎることはない。

大東亜戦争で日本は敗れたというが、敗けたのはむしろイギリスをはじめとする植民地を持った欧米諸国であった。彼らはこの戦争によって植民地をすべて失ったではないか。戦争に勝った敗けたかは、戦争目的を達成したかどうかによって決まる、というのはクラウゼヴィッツの戦争論である。日本は戦闘に敗れて戦争目的を達成した。

日本こそ勝ったのであり、日本の戦争こそ、”聖なる戦争”であった。ある人は敗戦によって日本の国土が破壊されたというが、こんなものはすぐに回復できたではないか。二百数十万人の戦死者は確かに帰ってこないが、しかし彼らは英霊として靖国神社や護国神社に永遠に生きて、国民尊崇対象となるのである。

 


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kebi

「日本の戦争目的は達成した」・・・
本当にそうです。
武士道精神
この真実をこれからの日本を背負って立つ若者に知ってほしいとつくづく思います。
by kebi (2012-10-10 22:59) 

アメリカの戦争民主主義

いつも お世話になっておりますm(__)m

動画まとめを創りました、

見ていただけると光栄です。

【原因を作って、偽善者で現れる戦略】

イスラム国とは何だったのか?

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このブログで絶対に見てほしい!厳選動画

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日本にしかない!貴重な予言書 一覧

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by アメリカの戦争民主主義 (2019-06-06 01:41) 

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