「天皇陛下御即位30年をお祝いする府民の集い」

「天皇陛下御即位30年をお祝いする府民の集い」
「平成の御代」の最後の夏、平成30年8月18日、「天皇陛下御即位30年をお祝いする府民の集い」がシャラトン都ホテル大阪で執り行われ出席しました。奉祝行事としては全国に先駆けた行事でした。

今上陛下は、平成31年4月30日に御譲位され、翌5月1日、皇太子殿下が践祚されて第126代天皇となられます。来年の御代替わりまで全国各地で奉祝報謝の式典が行われると思います。

今回の「天皇陛下御即位三十年をお祝いする府民の集い」には大阪府知事・大阪市長・堺市長や経済界の代表者らが出席されました。式典において天皇陛下のご健康と皇室のいやさかをご祈念申し上げられました。

「天皇陛下御即位三十年をお祝いする府民の集い」の式典内容は下記の通りです。

日 時 平成30年8月18日(土)14時~16時45分
・会 場 シェラトン都ホテル大阪 「大和の間」・「浪速の間」
・会 場 シェラトン都ホテル大阪 
・内 容[第1部]奉祝大会
・オープニング 冨永流 浪速神楽
・式 典 各界代表による挨拶
大阪府知事、大阪市長、堺市長の挨拶。経済界代表の挨拶。
・講 演 松浦 光修 氏(皇學館大学教授) 「天皇陛下の大御心と祈り」
・清 興 浪速高等学校・中学校 吹奏楽部 学院曲「海道東征 浪速」

今回、1000名ほどの参加がありました。大学の後輩、松浦君の講演があり、講演の内容がすばらしかったので感動のあまり泣かれている人も見受けられました。

また浪速高校の後輩たちが「海道東征 浪速」を演奏してくれました。「海道東征」は、北原白秋詩、信時潔曲による交声曲です。昭和15年(1940)皇紀2600年を祝賀する奉祝曲として作られました。

しかし敗戦後は占領軍により事実上の封印状態におかれました。浪速高校は許可を得て「海道東征」を学院曲として復活させ「海道東征 浪速」としたのです。すばらしい演奏でした。

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ところで、この度の「御譲位」は、天皇陛下の御意思を尊重されて行われます。平成28年8月8日、天皇陛下のお言葉により、「御譲位」のご意向を国民にお伝えになられました。

お言葉、

既に八十を超え、幸いに健康であるとは申せ、次第に進む身体の衰えを考慮する時、
これまでのように全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと、案じています。
 
この「お言葉」即ち「天皇陛下の御意思」によって御譲位が平成31年4月30日に行われます。しかし安倍内閣は「憲法改正」を叫びながら、「日本国憲法」の第一条から第八条を改正せず、「皇室典範」の枠内で単なる「退位」ということで決着をつけました。

天皇陛下の御意思は「御譲位」であり、「退位」ではありません。もちろん、「御譲位」の実現には安倍内閣として、森友学園・加計学園問題など超えがたいいくつかのハードルがあったと思います。何より憲法四条で天皇は国政不関与が明記されていますから天皇陛下のご意向を受けて法改正するという流れにはできないということでした。

その結果、「皇室典範」第4条の特例を設けて制定させたのです。それが平成29年6月16日公布の「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」でした。

「日本国憲法」には天皇の御譲位と上皇の規定はありません。「日本国憲法」では今上陛下は、御自ら、皇統を皇嗣即ち皇太子に「譲る」ことはできません。ただ「退かれる」だけです。

安倍内閣は「戦後体制からの脱却」をスローガンに「日本を取り戻す」ことを目的としていました。そのために「憲法改正」をマニフェストに入れていました。前述した事由により「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」を公布させました。これにより今上陛下は、御譲位によって「上皇」となられます。この意義は大きいと思います。ある意味、「日本国憲法」を越えたものです。これをチャンスとして「戦後体制からの脱却」を図るべきです。


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